| ■七夕の伝説 |
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元々、七夕の話は中国で生まれ日本に語り伝えられた伝説です。
その昔、天帝という神様が星空を支配していたころ、天の川をはさんで天人の世界と呼ばれる西の岸に、織女(織姫)という天帝の娘が住んでいました。彼女の織った布はとても美しくすばらしいもので、来る日も来る日もせっせと機を織り続けていました。
一方、天の川の東の岸には、牛飼いの青年、牽牛(彦星)が住んでいました。こちらも毎日牛のめんどうを見る働き者です。
ある日、娘が毎日毎日、一日中機織りばかりしているので、このまま嫁にも行けぬのではないかと心配した天帝は娘の結婚相手を探し始めました。
天の川の対岸で牛の世話を一生懸命にしていた働き者の男・牽牛(けんぎゅう)を見つけると、働き者の彼を大変気に入り織女と結婚させることにしたのです。
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めでたく夫婦になった二人は結婚してから幸せな生活を送っていました。そんな2人が何故1年に一度しか会えなくなったのか?
あまりに夫婦生活が楽しすぎて、織女は今まで熱心に仕事としていた機織りを全くしなくなってしまったのです。天帝のもとには、織女の織った布を求めて人が訪れるが、機織り機は動くことは無く新しい布は出来ません。
一方、牽牛も同様牛の世話を全くしなくなってしまい、今まで世話をしていた牛たちは痩せていき次々と倒れてしまったのです。
それに怒った、天帝がたとえ2人が幸せな暮らしを続けていても、仕事ができないようではいけないと、2人を再び離すことにしてしまったのです。
しかし、一度引き合わせた2人を引き離すのはあまりにもかわいそうだと考えた天帝は、年に一度だけ、会う機会を与えることにしました。その日が7月7日なのです。
年に一度会えるこの日を二人はいつまでも、楽しみに待っているのです。 |
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| ■七夕の時期のズレ?? |
“七夕祭りは7月7日に行われる”というのが一般的な認識といえます。それなら、何故8月7日、つまり1ヶ月遅れで七夕祭りが行われることがあるの?とお母さんに聞くと「昔からそういうものなのよ!」と一蹴されることもありますよね。
「そもそも、織姫星と彦星が年に一度会うことが出来るのが七夕ですが、日本では7月7日はまだ、梅雨の時期のため、この時期に2つの星を見ることは難しいと言われています。」
それなら何故、この時期に七夕祭りが行われるのでしょうか?
それは、明治時代にカレンダーの決め方を変えたことにあります。元々、七夕は天保暦の7月7日に祝われていたものです。それを明治6年に天保暦ではなく、西洋から取り入れた太陽暦(現在のもの)を採用したため、七夕にも1ヶ月ほどズレが生じたのです。
その名残で、現在でも新暦の7月7日では無く、8月7日(旧暦の7月7日)に七夕を祝うことが多いのです。
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